甘口辛口

ビッグダディーの失敗(2)

2011/10/11(火) 午後 1:20
ビッグ・ダディーの失敗(2)

林下清志は前妻と離婚したことで、奄美大島の島民の不信を買い、Uターンして島に戻るという計画が困難になった。それで、名瀬市の高校に在学中の次男・三男を島に置き去りにする形で、新しい生活拠点への引っ越しを考えはじめた。

彼は島民からバッシングを受けたときに、彼らに謝罪してしまえば、奄美に戻ることも可能だったのだ。だが、彼は現地に留まって、辛抱強く解決策を探る代わりに、新しい場所に移ってゼロからやり直すことの方を選んだ。こうしたやり方で生きてきたために、彼はすでに12回の引っ越しをしている。その度に、年かさの子供たちは転校を繰り返して来たのである。

林下がインターネットで調べ、次の生活拠点に選んだのは、島根県の隠岐の島だった。なぜか引っ越しに乗り気だった新妻の美奈子は、単身で島の海士町に乗り込んで行って、役場の係員と交渉し、移住者に提供される住宅を調べ、町での求人状況を調査している。

林下は、妻に背中を押されるようにして海士町に出かける。彼が一番気にしていたのは、、移住後の収入をどうやって得るかということだった。唯一、可能性がありそうなのは、漁業会社に雇われて漁船に乗り込み、漁夫としての給料を貰うことだったが、会社に履歴書を提出してみると、不採用になってしまった。彼がこれまで余りに頻繁に職を変えていることが嫌われたのだ。

林下は先走って、豊田市の接骨院を辞めてしまっていたから、隠岐の島がダメになれば、他の引っ越し先を探さなければならない。

妻の美奈子は、夫に対して怒りを爆発させていた。彼女がせっかく筋道をつけてやったのに、夫は一つの会社から不採用になると、もう海士町に就職することを諦めて、次の候補地を探している。なぜ、もっと粘り強く初志を貫徹しようとしないのだろう。

彼女は、海士町の役場や漁業会社に電話して、もう一度、夫の採用について考え直してくれないかと頼み込んでいる。その一方で、彼女は林下の優柔不断を攻撃しはじめた。これまでのシリーズ作品では、いつも指導的な立場で前妻や子供たちをリードして来た林下が、今や年下の妻から厳しく叱責される立場になったのだ。

今回の番組に、次のような場面があった。

林下が、迎えに来た自動車に乗り込んで、どこかに出かけようとしているところだった。そこへ妻の美佐子が、つかつかとやってきて、クルマから降りろと命じたのだ。

「(車を降りて、こっちに)来て」

林下が、何か言おうとしたが、彼女は取り合わなかった。

「いいから、早く来て」

妻は、林下をクルマから引っ張り出し、少し離れたところに連れて行って、詰問しはじめた。夫も反撃する。テレビカメラの前で、典型的な夫婦喧嘩が始まったのである。林下が「オレはこういう人間なんだ」とか、「自分を変える積もりはない」とか、「オレは今後も自分が信じたように生きていく」と宣言しているところを見ると、彼は受け身になりながら最後の一線で踏みとどまり、逆襲に転じようとしているのだった。

そして、この夫婦喧嘩は夜になっても続くのである。妻は、昼間、クルマの運転手のいる前で、高飛車な口調で夫をなじっていたが、夜になったら、今度は子供たちの見ている前で、夫を攻撃しはじめたのだ。ついに、林下清志は妻に向かって土下座して謝罪する。

「海士町のことは、オレが悪かった。この通り、謝る」

林下は妻をなだめようと土下座して謝罪しながらも、反撃のチャンスをうかがう。そして、決定的な言葉を口にするのだ。夫の自分に対してそれほど不満があるなら、離婚することにしたらいいと言い放ったのだ。だが、その後ですぐに、こう付ける。彼も若い妻に離婚話を持ち出されることを望んではいないのである。

「オレは、このままでいいと思っている。だが、お前がそうは思わないというなら・・・・自分はもう我慢できないというなら、お前の好きなようにするがいい」

彼は、慎重に予防線を張りながら、これ以上お前が我を張れば離婚になるぞと警告したのだ。妻も危険を感じて、夫を追求する手を弛めはじめる――

林下清志を相手に、ここまで頑張ることのできる妻の美佐子はどんな女なのだろうか。

彼女は老人ホームの介護士をしながら、5人の子供を育ててきた。彼女がシングルマザーになったのは、離婚したからなのか、それとも夫と死別したからなのか、番組は明らかにしていない。しかし、彼女は子供たちを、母の手助けをする模範的な子供に育て上げている。

これに比べたら、林下の前妻は三人の娘をもてあましてお手上げの状態にあった。彼女は家事について無能力だったように、育児についても無能力で、三つ子は手のつけられない「くそガキ」になっていたのである。彼女が林下を頼って奄美大島にやってきた理由の一つは、前夫の手で三つ子を鍛え直して貰うためだった。

前妻は自分が無能であることを知っていたし、8人の子供を産みっぱなしにして他の男のもとに走った過去を悔いてもいたから、復縁後は林下の指示に従って生きていた。

林下清志にとっては、この二人の女のどちらが好ましい妻なのだろうか。片や従順だが無能な妻、片や有能だが扱いにくい妻、このいずれが林下にとってよき妻であるかは、今後だんだんハッキリしてくるだろう。

――今回の番組では、林下一家は瀬戸内海の小豆島に引っ越すことになり、バスを仕立てて無事に小豆島の土庄町に到着している。小豆島での生活が、これまでと違うのは、一家が中古住宅を買い取って、かなり手広な持ち家で暮らすことになったことだ。家を買収する資金は友人から借りたということになっているが、テレビ会社が応分の援助をしていることに間違いはないだろう。

新聞に載っているテレビ番組表を見ると、他にもいろいろな大家族番組が載っている。各テレビ局が、競ってこの種のドキュメントを放映しているのである。それらと見比べた印象では、ビッグダディーを取り上げた番組が一番見応えがある。他の番組の父親に比べて、林下清志の人柄が際だって魅力的だからだ。彼は哲学を持ち、文才やイラスト作成の才能に恵まれた幅広い人間で、独立した一個の存在として、「鑑賞に耐える人物」だからだ。

このビッグダディーのもとに、じゃじゃ馬の妻美佐子が加わって、林下家はどうなって行くか、TV視聴者にとって興味は尽きないのである。

林下清志には、こらえ性がないという欠陥があって、住む場所や仕事を転々と変えている。二人の妻に合計10人もの子供を生ませているところを見ると、彼には、抑制力も不足している。こういう問題点を、じゃじゃ馬美佐子は容赦なく衝いて行くだろう。

いよいよビッグダディー一家から、目が離せなくなった。
                            (敬称を省略したことをお詫びします)